墨田区の文化とスポーツを背負う人
すみだ経済新聞──すみだ北斎美術館の館長時代に取材でお会いするケースが多かった、墨田区文化振興財団の理事長でスポーツ協会の会長もしている澁谷哲一さん。文化・芸術・スポーツと多岐にわたる分野で、長年にわたり墨田の魅力を内外に発信し続けてきたキーパーソンです。
現在は東京東信用金庫の特別顧問として経済面からも地域を支えつつ、文化とスポーツの両輪でまちづくりをリード。そんな澁谷さんに、これまでの歩みや墨田との関わり、そして今後の展望についてお話を伺いました。
墨田との出会いはバレーボール
すみだ経済新聞──墨田区との関わりは、もう50年以上になるそうですね。
澁谷会長:私は横浜出身で現在も横浜在住です。藤嶺藤沢高校というバレーボールの強豪校でプレーしていました。高校時代は県大会で優勝したこともあり、バレー漬けの毎日でした。そこから東洋大学に進学し、バレーボールを続けていました。大学時代も4年間、体育会で厳しい練習を積み重ねてきました。
その頃、「選手を探している」と声をかけてもらったのがきっかけで、東武信用金庫(現在の東京東信用金庫)に入ることになりました。金融の世界には、実は父親が平和相互銀行の役員だったこともあって自然と関心はありました。ただ、東武信用金庫を選んだのは、まさにバレーボールの縁があってこそです。 墨田での生活はそこから始まりました。以来、50年以上、この地に根を張って生きてきたことになります。
私のことを誰よりも理解してくれているのが、現在も東京東信用金庫に在籍する秘書の香取 忠さんです。バレーボール時代からの縁で、私の人となりや経歴を把握していて、インタビューの場にも同席いただきました。
香取さんは現在、墨田区スポーツ協会の役員も務めています。 東京東信用金庫では現在も9人制の女子バレーボールチームが活動しています。練習は地元の両国中学などの体育館を借りて行っており、地域に根差したスポーツ活動が続けられています。
北斎美術館と文化施設の運営に尽力
すみだ経済新聞──3月31日、すみだ北斎美術館の館長を大久保純一さんに引き継がれました。振り返っていかがですか?
澁谷会長:館長職は2年間務めました。もともと墨田区文化振興財団の理事長として、すみだ北斎美術館を含むトリフォニーホールなど財団全体の運営には関わっていたのですが、2年前、大久保さんに「館長をやってくれませんか」とお願いしたところ、「2年間待ってほしい」と言われまして。
その間、自分でやるしかないと覚悟を決め、兼務する形で館長職を担ってきました。
北斎美術館は、2016(平成28)年11月に開館した比較的新しい施設です。館の立地は、江戸時代の弘前藩津軽家の大名屋敷跡の一角。
まさに歴史と文化が交差する場所にあります。開館から年を重ね、多くの国内外のお客様に来館いただき、いまでは活気に満ちた施設になっています。
すみだ経済新聞──「北斎桜」という名前の桜の植樹式がありました。
澁谷会長:館長としての最後の大きな行事が、3月15日に行った「北斎桜」の植樹でした。北斎桜は、英国で命名された品種で、日本文化が海を渡って再評価され、里帰りするという象徴的な意味を持つ桜です。墨田区の文化発信拠点であるすみだ北斎美術館にとって、この桜を植えることは大きな節目となりました。
植樹式には山本亨区長や北斎研究者の目黒龍一郎さん、車浮代さんらも出席し、北斎に縁ある墨田の地に新たな象徴を植えるという記念すべき機会となりました。式典では「2026年の開館10周年、そして総合芸術祭を見据えた文化の新たな一歩」として位置づけられ、私にとっても館長としての集大成となる取り組みでした。
※1
すみだ経済新聞──「蔦屋重三郎」の企画展が注目を集めています。
澁谷会長:3月18日から始まったのが、NHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公でもある蔦屋重三郎に関する企画展「北斎×プロデューサーズ 蔦屋重三郎から現代まで」です。内覧会にはこれまで以上に多くのメディア関係者が来館してくれて、注目度の高さを実感しました。
蔦屋重三郎は江戸の出版プロデューサーで、若き日の北斎とも接点があったことでも知られています。この展覧会は、北斎の作品とあわせて、彼を支えた蔦屋重三郎のような人物にも光を当てています。
こうした視点で北斎を紹介するのは、美術館としても珍しい試みです。作品単体では伝えきれない、当時の文化的背景や人のつながり、そしてプロデューサー的な存在の重要性を感じていただける内容になっていると思います。
いずれも、館長としての集大成となる象徴的な取り組みだったと思います。
※2
地域とともに育てた協賛文化
すみだ経済新聞──理事長をされている墨田区文化振興財団についてお聞かせください。
澁谷会長:文化振興財団では、施設運営だけでなく、収益面での改革も進めてきました。たとえば、それまで区の施設では行われてこなかった企業協賛の導入です。当初は5社程度、各社から大口の協賛を募ることを考えていましたが、途中から「小口で多くの企業に協力いただくほうが、地域との接点が広がる」と方向転換。結果として、多くの企業から支援を受けることができました。
さらに、区民向けの割引制度の導入も進めました。利用料金やイベント参加費に配慮し、墨田区民にとってアクセスしやすい文化施設となるよう制度を見直しました。区民が身近に文化に触れられる環境を整えることが、施設の本来の使命だと考えています。
協賛企業との関係も、単なる金銭的な支援にとどまらず、コンサートへの招待やコラボ企画などを通じて、双方向の関係が築かれています。こうした文化と地域経済の連携は、民間出身である私だからこそ踏み出せた一歩かもしれません。
※1 すみだ北斎美術館で「北斎桜」植樹式 新たな地域のシンボルに
※2 すみだ北斎美術館で「北斎×プロデューサーズ」展 蔦屋重三郎らの役割を解説
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インタビュアー:すみだ経済新聞(長尾 円)
カメラ:すみだ経済新聞(宮園 厚司)
編集:すみだ経済新聞(宮脇 恒)