江戸東京野菜「寺島なす」の苗植えが5月10日、墨田区内各地で行われた。たもんじ交流農園(墨田区東向島)では苗不足を乗り越えるため「自根苗」栽培に挑戦し、都立東白鬚公園(堤通2)では、江戸時代に将軍家へ献上する野菜を育てていたとされる「御前栽畑」の歴史を背景に、初めて寺島なすの栽培が始まった。
寺島・玉ノ井まちづくり協議会が運営する「たもんじ交流農園」では、農園会員の区画や今年から募集した「江戸東京野菜チャレンジャー会員」の畑、農園内に新設した「寺島なすプランター」などに約80株を植え付けた。
寺島なすは江戸時代から墨田周辺で栽培されていたとされる伝統野菜。同農園では毎年栽培を続けているが、今年は例年とは異なるスタートとなった。
例年は三鷹市の協力農家から接ぎ木苗を購入しているが、今年はネズミ被害により苗が全滅。急きょ、2月から農園内で種から育てる「自根苗」の栽培に挑戦したという。
温度や湿度、日当たりの管理などに苦労し、発芽率は約60%だったが、農園部メンバーや「江戸東京野菜チャレンジャー会員」らが協力しながら約320株を育成。さらに農園会員の紹介で苗・種店から72本の自根苗を追加確保できたことで、例年並みの栽培規模を維持できる見込みとなった。
同協議会の末林和之さんは「今年の苗は、いつも以上に愛着がある。無事に植えられて本当にほっとしている」と話す。
一方、東白鬚公園では近隣住民や隣接区から訪れた家族連れなど28人が参加し、24株の寺島なすの苗を植え付けた。同公園で寺島なすを栽培するのは今回が初めて。
東白鬚公園ではこれまで花壇整備を中心とした緑化活動を行ってきたが、今年は開園40周年を迎えることから、記念事業の一環として寺島なす栽培を企画した。
この一帯は、江戸時代の寛永年間(1640年代)から天明年間(1780年代)頃まで、「御前栽畑(おせんざいばた)」と呼ばれる畑が広がっていたとされる地域。将軍家へ献上する野菜が栽培されていたと伝わり、歌川広重の「名所江戸百景 木母寺内川御前栽畑」にも周辺風景が描かれている。
当時は「江戸ナス(蔓細千成)」なども栽培され、その後、寺島地区で盛んに作られるようになったことから「寺島なす」と呼ばれるようになったともいわれている。こうした農村風景は1923(大正12)年の関東大震災ごろまで続いたが、その後の市街地化によって農地は姿を消した。
参加者の一人は「昔、この地域が畑だったとは知らなかった。自分たちの手で寺島なすを育てることで、土地の歴史を身近に感じられる」と話す。
寺島なすは今後、水やりや剪定、追肥などを行いながら育て、順調に育てば6月末ごろから収穫が始まり、7月~8月に最盛期を迎える見込み。