
前編「隅田川と月―待つ、眺める、重ねる」では、月を待つ人々の文化と、文学に残された隅田川の風景をたどった。ことばを手がかりにすると、見慣れた川辺にも、かつてそこを眺めた人々の時間が重なって見えてくる。
今回は、隅田川から少し足を延ばし、向島百花園を訪ねてみたい。
虫の声を聞き、萩を愛で、月を見る。なぜ、この庭にはそんな秋の過ごし方がよく似合うのだろう。
向島百花園では、晩夏から秋にかけて「虫ききの会」「萩まつり」「月見の会」が開かれる。それぞれ別の催しとして紹介されることが多いけれど、重ねて見ると、この庭で受け継がれてきた季節の味わい方が浮かび上がってくる。
まず気になるのが、「虫きき」ということばである。
私たちは、鈴虫や松虫の鳴く音を「虫の声」と呼ぶ。「虫の音」という言い方もあるが、「声」と呼ぶとき、そこには何かを聞き取ろうとする人の姿が感じられる。
虫が人間のように何かを語っているわけではない。それでも、その鳴き声に秋の訪れを感じ、夜の涼しさや草むらの気配を重ねて聞く。
姿が見えなくても、声は届く。どこから聞こえるのかと耳を澄ませるうちに、目で眺めていた庭が、音を聞く場所へと変わっていく。
「虫きき」は、虫の鳴き声を楽しむとともに、ふだん見過ごしている庭の気配に気づく時間でもある。
「虫ききの会」では、放虫式も行われる。
参加者が園内に放すのは、百花園の庭師が育てたスズムシ。その始まりは、初代園主・佐原鞠塢(さはらきくう)が亡くなった後、近親者が供養の儀式である「放生会(ほうじょうえ)」として虫を放したことにあると伝えられている。
では、なぜ虫を放すことが、亡くなった人の供養になるのだろう。
その背景には、仏教の「放生」と「回向(えこう)」という考え方がある。
捕らえられた生きものを放し、その命を助けることは、善い行いの一つとされてきた。そして、その善行によって得た功徳を亡くなった人のために振り向け、冥福を祈る。こうした回向の考え方が、故人のために善行を重ねる追善供養につながっている。
放虫式の由来を知ると、虫を放す行為にも、違った意味が見えてくる。
小さな命を庭へ送り出す。その行為に、百花園をつくった人をしのぶ思いが重ねられてきたのである。

向島百花園を考えるうえでもう一つ欠かせないのが、ここが文人たちの協力によってつくられた庭だということだ。
江戸時代後期、佐原鞠塢は、大田南畝、大窪詩仏、亀田鵬斎、酒井抱一ら文人や文化人と交流し、庭の造作や植樹にも協力を得た。百花園には、そうした文人趣味が今も残っている。
庭門には、蜀山人こと大田南畝の扁額が掲げられ、その両脇には大窪詩仏の筆によることばがある。
「春夏秋冬花不断」
「東西南北客争来」
四季を通じて花が絶えることなく、東西南北から人が訪れる庭。
このことばからは、花と人の両方を迎えようとする庭の姿が見えてくる。
植物を眺めるだけでなく、人が集まり、季節を味わい、ことばや書画を交わす。園内に残る句碑や石柱も、ここがそうした交流の場所だったことを伝えている。
花を見ていた人々のことばが、庭の中に残る。百花園を歩くことは、草花とともに、そのことばに出会うことでもある。

秋の百花園を代表する花の一つが萩である。
風に揺れる枝に、紅紫の小さな花が連なる。名物の「萩のトンネル」では、その枝を間近に見ながら歩くことができる。
『万葉集』には、山上憶良が秋の野に咲く七種の花を数え上げた歌がある。ハギ、オバナ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、アサガオ。最後のアサガオは、現在のキキョウとする説が有力で、後世「秋の七草」として親しまれてきた。
おもしろいことに、鞠塢自身も独自の「秋の七草」を選んでいる。
トロロアオイ、ヒオウギ、リンドウ、ゴジカ、オシロイバナ、ユウガオ、カラスウリ。
山上憶良の七草とは、まったく違う顔ぶれである。園内では、この「鞠塢の秋の七草」も紹介されている。
鞠塢は『秋野七草考』を著し、百花園は一時「秋芳園」とも呼ばれるほど、秋の七草の展示に力を入れていたという。
古くから親しまれてきた草花を大切にしながら、自分でも秋の花を選ぶ。鞠塢にとって庭は、草花を集めるとともに、自らの季節の感じ方を表す場所でもあったのだろう。
現在の「萩まつり」でも、来園者が萩を題材に俳句や和歌を短冊に記す「萩を詠む」が行われている。
花を見る。そして、その印象をことばにする。
江戸の文人たちと現代の来園者を、そのまま重ねることはできない。それでも、季節の変化を感じ、それをことばにしてみるという楽しみ方は、この庭によく似合う。
何を書こうかと考えながら花を見直すと、枝の揺れ方や花の色、それまで気づかなかったものが目に入るかもしれない。ことばにすることが、もう一度よく見ることにつながっていく。
秋の百花園には、月を眺める楽しみもある。
前編でたどった隅田川の文学では、月とともに、川の流れや舟、両岸を渡る風までが描かれていた。月を眺める人々は、空だけでなく、月のある風景全体を味わっていた。
百花園では、その風景に草花や木々、虫の声が加わる。
月が昇るのを待つ。雲に隠れれば、その向こうの月を思う。夜風にあたり、草木の気配や虫の声とともに、夜そのものを味わう。
同じ月でも、川辺で見る月と、庭で見る月とでは、受け取るものが少し違う。
百花園の「虫ききの会」「萩まつり」「月見の会」は、きれいに区切られて順番に終わっていくものではない。虫の声が聞こえる時期に萩が咲き、その庭に月が昇る。催しの期間が重なるように、季節の気配も重なり合っている。
虫、花、月。それぞれを味わいながら、同じ庭の秋を異なる角度から受け取っていくのである。
耳を澄ませなければ気づかない虫の声。風に揺れる萩。そして、夜空に浮かぶ月。
聞く。見る。詠む。眺める。
季節をひとまとめに「秋」と呼ぶのではなく、その小さな変化を一つずつ受け取っていく。向島百花園の秋の行事には、そんな季節の味わい方が残っている。
放虫式の由来を知れば、虫を放す手元に、鞠塢をしのんだ人々の思いが重なる。庭門のことばを読めば、花と人を迎えようとした庭の姿が見えてくる。萩を前に短冊を書くときには、この場所で草花を眺め、ことばを交わした人々の時間が少し身近になる。
前編では、文学に残されたことばから、かつての隅田川の風景をたどった。今回は、今ある庭を歩きながら、そこに受け継がれてきた季節の感じ方に触れてみる。
向島百花園の秋には、今見えている風景の、そのもう一つ奥に、江戸から積み重なった「季節の味わい方」が残っている。
・『万葉集』巻八 山上憶良「秋の野の花を詠める歌」二首
・公益財団法人東京都公園協会「向島百花園」公式ページ・園内案内
・公益財団法人東京都公園協会「見ごろの花 秋」
・東京都・公益財団法人東京都公園協会「虫ききの会・萩まつり・月見の会」開催案内
・すみだ経済新聞「特別企画 大川真智子『隅田川と月―待つ、眺める、重ねる』」