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「すみだ活性化のキーパーソンが語る墨田と私」 中田清史さん 東京東信用金庫 会長(中編)

現場で築く、お客さんと職員との信頼 中田清史さんの仕事

すみだ活性化のキーパーソンが語る「墨田と私」
東京東信用金庫 会長 中田清史さん

 結婚してから東武信用金庫に入庫した中田清史さん。本部での研修を経て、支店で融資や営業を担当した。支店長になってからは、信用金庫の合併や店舗統合に携わり、地域ごとに異なるお客さんとの付き合い方を学んだ。中編では、支店での経験から、理事長として取り組んだ職員との対話まで、仕事の中で大切にしてきたことを聞いた。

融資と営業の現場で、仕事を覚える

すみだ経済新聞──入庫後は、どのような仕事を担当しましたか。

中田さん:1978(昭和53)年の入庫で、最初は支店ではなく、本部の管理部に配属されました。同期の中で3人が選ばれて、6カ月間、研修のような形で教わったんです。

 上司は厳しくて、頭の切れる人たちでした。朝から晩まで研修で、昼食も喉を通らないぐらいでしたよ。それでも、仕事を教えてもらったことはありがたかったと思っています。

 その後、草加支店で融資を2年、営業を3年やりました。次に松戸支店で融資の窓口を担当して、外国為替をやるから研修に行ってこい、と三井銀行の西新宿支店に半年間行きました。

すみだ経済新聞──三井銀行の西新宿支店では、どのようなことを学びましたか。

中田さん:我々信用金庫とは、お客さんの規模も、融資の資料の作り方も違いました。大手銀行には、大きな上場企業などがお客さんにいるんですね。

 我々の場合は、どういうお客さんで、何に使う資金なのか、細かく書きます。一方、銀行では、資料を見れば分かることは、同じようには書かない。そういう違いがあって、勉強になりました。

 戻ったら外国為替をやるのかと思ったら、南小岩支店で融資の窓口でした。外為とは全然関係ありませんでしたね(笑)。その後、営業が足りないからと営業に出たのですが、自転車で回っている時に交通事故に遭って、左足首を骨折しました。半年ほど休んで、復帰してからは、また融資の窓口に戻りました。

 その後も、仕事量の多い支店で融資の係長を務めたり、外国為替を扱うことになった綾瀬支店に行ったりしました。綾瀬では係長から課長、次長まで、7年ほどいました。

合併と店舗統合の中で、お客さんを知る

すみだ経済新聞──初めて支店長になったのは、いつですか。

中田さん:1998(平成10)年5月、42歳の時です。荒川支店でした。その翌年、東武信用金庫、中央信用金庫、協和信用金庫、大東信用金庫の4金庫が合併して、東京東信用金庫になったんです。

 それぞれの金庫で、仕事のやり方も事務も文化も違います。それを東武信用金庫のやり方に合わせていきましたから、すぐにはそろいません。職員も夜遅くまで残って、仕事をしていました。

 私は当時、支店長だったので、まず自分の支店のことを考えていましたが、本部の人たちは、もっと大変だったと思います。

すみだ経済新聞──荒川支店の後は、どちらに赴任されたのでしょうか。

中田さん:荒川に3年いて、その次が葛西です。葛西では店舗統合もあって、合わせて6年いました。もともと5店舗あったものを1店舗にしたので、支店長も、融資や営業の責任者も、それぞれ5人いたのが1人になる。仕事の量は変わりませんから、大変でした。

 それに、統合したばかりでは、私たちはお客さんのことを知りませんし、お客さんも、こちらがどういう人間か分からない。お互いに分かり合うまでには、やっぱり時間がかかるんです。

 葛西には、昔、農業と漁業をしていた方が多くいました。漁業権の買い取りでまとまったお金が入った時に、遊んで使ってしまった人もいれば、土地を買った人もいた。その土地に賃貸ビルを建てて、資産を築いた方もいました。そこで人生が分かれたんですね。

 ただ、今は資産をお持ちでも、若い頃は苦労してきた人たちなんです。

 地域の結び付きも強くて、同じ名字の方が多いので、屋号で呼び合っていました。皆さん親戚のような関係ですから、うっかり誰かの悪口なんて言えません。そういう地域のことも、お客さんから教わりました。

 忙しかったですが、いいお客さんが多くて、面白かったですよ。今でもお付き合いが続いている方が、葛西には結構います。

お客さんと、時間をかけて付き合う

すみだ経済新聞──お客さんと接する時、どのようなことを心がけていましたか。

中田さん:お客さんには、いろいろな人がいます。厳しい人もいますし、付き合い方が難しい人もいます。でも、そういう人を避けていたら、何も進みません。時間はかかりますけれど、徹底的に付き合います。

 仕事の話だけでなく、いろいろ話していると、その人の考え方が分かってきます。仕事の後に飲みながら話すと、本当のことを話してくれることもあります。そういうことを繰り返すうちに、お互いに分かってくるんですね。

 もちろん、駄目なものは駄目と断ります。ただ、断るだけではなくて、こうするとこうなりますよ、と助言する。その上で、改めて持ってきてもらうこともありました。

すみだ経済新聞──仕事で大切にしている考え方を教えてください。

中田さん:経営理念の「縁」です。「あたたかく―人へ・街へ」、そして「信望」「躍動」「共存」。お客さんと出会って、お付き合いができるのも縁ですよね。

 業況が悪くなったからといって、すぐに関係を切るのではありません。どうすれば良くなるかを考えて、こうした方がいい、ああした方がいい、と助言しながら付き合っていく。それが信用金庫らしさだと思います。

 先代から息子さんへ事業を譲る時に、「大変お世話になったのだから、ほかからいい話が来ても、簡単に移ってはいけないよ」と話してくださるお客さんもいます。そういうふうに思ってもらえる関係は、大切にしたいですね。

澁谷顧問から受け継いだ、地域と共に歩む経営

すみだ経済新聞──合併後、金庫の運営はどのように変わっていきましたか。

中田さん:合併の頃は、経費削減が厳しかったんです。お客さんの会やゴルフ会なども、何かをすればお金がかかりますから、回数を減らしたり、関わりを抑えたりしていました。

 それが、澁谷顧問が理事長になってからは、方向が180度変わりました。経営の内容も良くなってきていましたので、そうした活動を積極的にやろうということになった。それから面白くなりましたね。お客さんとのお付き合いも増えましたし、「随分変わったね」という声もありました。

 経費削減だけを続けていたら、縮小均衡になってしまいます。地域に貢献しながら、利益も確保していくという考え方でした。私が理事長を引き受けた時も、澁谷顧問がやってきたことを、ほぼ継承しました。

すみだ経済新聞──中田会長から見て、澁谷哲一特別顧問はどのような方でしょうか。

中田さん:明るいじゃないですか。冗談も言うし、いると周りが明るくなる。褒めてくれますし、叱ることもありますけれどね。今もご指導いただいています。

 同じ東洋大学の先輩でもありますから、指示があれば「はい」か「イエス」です(笑)。嫌な時は返事をしない。本当にそうしているんですよ。そうすると分かるみたいです(笑)。

現場に出向き、若手職員の声を聞く

すみだ経済新聞──ご自身が理事長になってからは、どのような取り組みをしましたか。

中田さん:「ひがしんサークル」という取り組みを始めました。やっぱり現場が第一だと思ったんです。理事長が現場に出向いて、若い職員の要望や悩みを聞く。そこから担当部署に指示すれば、変わるのも早いですから。

 支店の事務、融資、営業から代表者に出てもらって、経営理念をどう考えているか、地域の課題は何か、お客さんからどんな要望があるかを聞きました。仕事でやりづらいこと、変えてほしいことも話してもらいました。

すみだ経済新聞──出てきた意見には、どのように対応したのでしょうか。

中田さん:すぐ変えられるもの、時間がかかるもの、対応できないものに分けました。次のサークルの時に、「これは変えたよ」「これは今やっているよ」「これは、こういう理由で変えられない」と説明するんです。

 聞いただけで終わりにはしません。そうすれば、自分たちの話を聞いてくれた、と少しは思ってもらえるでしょう。3年ぐらい続けました。今の理事長も、昼食を一緒に取りながら話を聞く形で、同じようなことをしています。

 最初は理事長を前にして緊張すると思いますから、緊張しない雰囲気になるようにしました。会の後に飲みに行って、「さっきはこう言っていたけれど、本当はどうなの」と聞くこともありました。

すみだ経済新聞──職員の悩みを聞く際、どのようなことを考えていますか。

中田さん:仕事中は周りに人もいますから、聞けないこともあります。仕事の後に1時間ぐらい話すと、分からなくて困っていることや、人間関係の悩みを打ち明けてくれることがあるんです。

 大体、私たちも経験したことを悩んでいます。「自分の時はこうしたよ」「あの人はこういう人だよ」と伝えれば、気持ちが晴れることもあるでしょう。相手が何を考えているのかを知ることが、大事だと思っています。

 ただ、飲んでおかしくなってしまっては駄目です。部下が安心して一緒にいられないようではいけません。特に役員は、そういうことをしてはいけないと思っています。

クラブ活動がつくる、職員同士のつながり

すみだ経済新聞──金庫のクラブ活動について教えてください。

中田さん:女子の9人制バレーボールや、野球、サッカーなどがあります。合唱やボウリングもありますよ。どれかに入った方がいい、と勧めています。

 大会で良い成績が出ると、やっぱり団結するんです。応援する側も盛り上がるし、選手たちもやる気が出る。仕事にも熱が入りますよね。

 役員もそれぞれのクラブの担当になります。私はバドミントンです。やったことはありませんでしたが、担当が空いていたので(笑)。大会が終わった後の反省会や、新人が入った時の歓迎会も、いい時間ですよ。

すみだ経済新聞──若い職員に伝えたいことは何でしょうか。

中田さん:信用金庫の仕事は、地域のお客さんのためになっているんですよ。預金をお預かりして、融資をして、人をつなぐ。日々の仕事が地域のためになっていることを、まず理解してもらいたいですね。

 仕事をしていれば、いろいろな問題はあります。それはどこに行ってもあるでしょう。ただ、自分の仕事が誰かのためになっていると分かれば、やりがいになる。悩んだ時にも、そう思えれば少しは楽になるのではないでしょうか。

 地域を動かしているのも、人です。それぞれの立場にいる人の考え方で、いろいろなことが変わっていきます。そういう仕事の意味を、次の人たちに伝えていってほしいですね。

信用は、一度にできるものではない

すみだ経済新聞──信頼を得るには、何が必要だと思いますか。

中田さん:諦めないで、やり続けることですよ。コツコツとね。一気に成績が上がったり、お客さんのためになったりするわけではありません。積み重ねて、それで信頼してもらえる。成果も出るんです。

 だから、急に成果を求めたら絶対に駄目ですよ。いろいろ言われながらも、コツコツやって、結果として役に立てば、良かったと思える。うまくいかないこともありますけれど、役に立てた時は、やっぱりうれしいですよね。

(取材・構成:森下八尋 / 監修:宮脇恒)
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